概要

●ゲノム技術とは何か：近年の遺伝子研究の進展は、生物の遺伝子（ゲノム）を自由に編集・合成することを可能にしつつあり、近い将来のノーベル賞受賞も噂されている。この技術を使えば理論的には、微生物、農作物、そして我々自身を自由に「編集」することが可能となる。

●現実の世界にどう影響するか：この技術開発は大学の研究室の中だけに留まるものではなく、医療・農業・食品・化学・エネルギーなどの幅広い産業・実社会に対して影響がある。

技術の利活用のパターンは大きくは3種類あり、何れも革新的である。
① 生物工場：ゲノム改変生物を用いた新しい素材・燃料・食品・酵素の生産
② 育種：農作物・家畜等の一次産業における抜本的な品種改良
③ ゲノム医療：遺伝子レベルでの診断、治療における革新
医療、農業に加え、食品、化学、エネルギーなど幅広い業界での応用研究が進んでいる。倫理的課題や技術リスクも指摘されているが、これまでの人類と科学技術の歴史を鑑みれば、社会制度の整備、リテラシーの成熟、技術自体の完成度の向上に伴って、ゲノム技術の応用発展も避けられないと見るべきである。

●企業にとってどう破壊的なのか：多くの企業にとって3つの破壊的な変化をもたらす

その1. 新しい市場が次々に生まれ、新しいプレイヤーが誕生する
新しい技術は、人類の欲望をより効率的に、より効果的に満たす。石油とプラスチックが多くの製造業の構造を変えたように、新しい素材や燃料の誕生は、小さな市場から巨大な市場まで、多くの市場を塗り変え、新しいプレイヤーを生む可能性がある
生物が持つ潜在能力は極めて多様であるため、ゲノム技術が生み出す市場変化を全て予測し切ることはできない。企業は、ゲノム技術が自らにもたらす影響をシナリオ分析し、今の収益源を防衛し、新たにそれに投資するといった長期的な戦略を持つ必要がある

その2. サプライチェーンの持ち方が変わり、既存インフラの多くが無価値化する
原料、製造、加工、物流、販売というサプライチェーンは、階層ごとに最適な立地が異なる。この理由は、製造コストが安い地域と、購買力が強い大消費地が、地理的に離れているためである。
ただし、様々な製品が生物工場で製造され、消費地の近くで一次産業が成立するようになれば、今の製造物流インフラは価値を失う。大規模な石油化学プラントで製造していた製品が、消費地に近い生物工場で作られるようになる、といった具合である。企業は、既存インフラの防衛延命と新しいそれへの投資を長い時間軸で計画するよう求められる

その3. R&Dのあり方が根本的に変わり、「ディープテック」の活用、情報産業化への適応が必須となる
ゲノム技術は、アカデミアの最先端の研究成果をベースとする、いわゆる「ディープテック」である。世界のトップ企業さえも、単独ではなくパートナーとの協業を志向していることからも分かるように、R&D領域でアカデミアやスタートアップ等とのエコシステムを構築する能力が鍵となるであろう
また、ゲノムを巡る競争は、技術自体の競争という側面だけではなく、ゲノムをどう改変するとどういう結果をもたらすか、というデータ蓄積の競争という側面を持つ。いずれも、GAFAのオンラインビジネスと同様に、情報を持つ企業（群）が「総どり」する構造になる可能性が高い

●企業はどうするべきか：ITやデジタルと同様、ゲノムを巡る競争は多くの企業にとって、次の20年を生き残るために避けられない。まずその事実を学び、足元のプロジェクトを始めるべき。

学ぶ：そもそもゲノム技術に関するリテラシー、世界の最先端で起きている変化、自らの業界におけるシナリオについて知り、考え、備える必要がある
早く始める：ゲノムを巡る競争は、データ蓄積とエコシステム構築の競争であるため、参入が遅いプレイヤーが先行者に追いつくのは難しい。プロジェクトの大きさや洗練度を気にせず、早く始めることが重要
仕組み化する：この競争に参加すれば、多数のプロジェクトや国内外のパートナーとの関係をリードし、維持していくことが求められる。事業の構想力や、プロジェクトマネジメント、エコシステムの形成・維持の能力をつけてゆく必要がある

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目次

ノーベル賞候補となっている「ゲノム技術」とは何か
ゲノム技術が現実世界にもたらす影響
ゲノム技術は企業にとってどう破壊的なのか
世界に食らいつく日本
破壊的変革を前に企業はどうすべきか

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著者略歴

井上真（いのうえまこと）

A.T. カーニー　アジア太平洋　パートナー
東京大学文学部卒業。ワシントン大学（ミズーリ州）MBA修了。
三井物産、化学品メーカー、米系戦略コンサルティングファームを経て、A.T. カーニー入社。キャリアを通じて企業や事業のイノベーション・グローバリゼーションの計画・実行に深く従事。消費財・小売、化学、総合商社、スタートアップを中心に幅広いテーマで支援。ゲノム技術の進展と可能性については、化学品メーカーの経営幹部の時代から潜在的な機会・驚異として長年着目してきた。

濱口典久（はまぐちのりひさ）

A.T. カーニー　アジア太平洋　プリンシパル東京大学農学生命科学研究科にて、がん遺伝子PI3K脂質キナーゼの研究に従事、2007年に博士号を取得。その後は経営コンサルティングに転じ、2015年にA.T. カーニー入社。企業の収益構造や組織構造の変革を専門とするOPT（Operations & Performance Transformation）のコアメンバー。幅広い業界において、サプライチェーン・マーケティング・オペレーション・R&D等の改革プログラムを推進し、「目に見える成果」を実現する活動に注力している。

近藤昭彦（こんどうあきひこ）

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科研究科長　教授九州工業大学工学部助教授、神戸大学工学部応用化学科教授などを経て、2016年より現職。理化学研究所・環境資源科学センター・チームリーダー（兼任）ほか、国内外における公職多数。主に合成生物学分野で微生物を用いた物質生産を目的とし、遺伝子設計を含むゲノム編集・ゲノム合成・バイオファウンドリー等の研究に従事。神戸大学発バイオベンチャー（4社）の取締役を兼任するなど、研究成果の事業化にも積極的に取り組んでいる。京都大学大学院工学研究科化学工学専攻博士課程修了　博士(工学)

山本一彦（やまもとかずひこ）

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科教授
神戸大学バイオ工学研究センターバイオエコノミー部門長
住友電気工業㈱、野村総合研究所㈱を経て、ベンチャー企業等で財務、経営戦略の責任者を歴任後、独立系VCを創業。同社にて約20年間、ベンチャー企業の投資育成、大企業向けのM&Aコンサルティング等で多数の実績を残した後、現職。神戸大学では、企業家精神を兼ね備えた理系人材の養成と、大学発バイオベンチャーの創出・投資育成に深く関与している。また兼務として、神戸大学大学院経営学研究科教授、一橋大学大学院経営管理研究科（MBA）客員教授がある。一橋大学商学部経営学科卒

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謝辞
（敬称略）

A.T. カーニー

論旨に関するインプットを頂いた方々

岸田雅裕（日本代表、グローバルボードメンバー）
梅澤高明（日本法人会長、パートナー）
後藤治（パートナー）
笹俣弘志（パートナー）
後藤良平（パートナー）
筒井慎介（パートナー）
小清水大（プリンシパル）

各種調査を支援して頂いた方々

竹井潔（アソシエイト）
大崎信慈（アソシエイト）
京田真理子（シニアビジネスアナリスト）
服部潤太朗（ビジネスアナリスト）

株式会社バイオパレット
　岩田清和（事業開発マネージャー）

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科
　三宅秀昭（特命准教授）

東京大学大学院理学系研究科
　西増弘志（准教授）